予後診断

車椅子に乗り外を見る柿谷寿美江

2009年9月23日、木村医師は私の脳の中のがんが非常に侵攻性が高いものであることを説明しに来られました。摘出した脳腫瘍と周辺細胞の組織検査の結果、がん細胞が神経膠芽腫(GBM)のグレード4であることが分かりました。グレード1は軽く4は悪質度が高く最も侵攻性があります。そして神経膠芽腫は私の正常細胞にも根を張っている事が分かりました。過去のMRI検査から判断して2ヶ月間で体積が6倍に成長する可能性があるため医師は可能な限り早く放射線治療と化学療法を始めることを勧めました。放射線治療による余命はおよそ6ヶ月、そして放射線治療と化学療法を併用した場合はおよそ13ヶ月であると述べました。私は放射線治療と化学療法のどちらも望みませんでした。なぜならそれらは私を治療するための処置ではなく、延命に過ぎないと理解したからです。人生を十分に生きてきたと感じていましたので、これ以上人生が延びたからといって何かをしたいとか、まだ遣り残している事があるわけでもなく、私にとっては最後まで物事を認識出来る能力を維持する事の方が大切でした。医療が進んでいるとはいえ、なにかしらの影響を健全な細胞に及ぼすかもしれない放射線治療や化学療法を望みませんでした。むかつきや吐き気など、わたしの体にとってストレスとなりうる副作用の事も考えて、私は勧められた治療を選択しない決断をしました。
医者が私に上記の診断と予後を説明した時でさえ、不思議と私は混乱や不安を感じませんでした。それは私が、聖書に書かれてあるいくつかの事柄を理解していたからだと思います。聖書は次の言葉で始まります。

「初めに、神が天と地を創造した。」 創世記1:1

そして天地を創造された神が私をも創造されたと書いてあります。

「それはあなたが私の内臓を造り、
母の胎のうちで私を組み立てられたからです。
私は感謝します。
あなたは私に、奇しいことをなさって恐ろしいほどです。」  詩篇139:13,14

私を創造し私に関するあらゆる事を知り尽くしておられる方に全てを委ねることで私は心の穏やかさを維持することが出来ました。

2009年9月25日現在、私の状態が今後どのようになるか分かりません。しかし確かなことは心の中にある幸せと平安を私はこれからも持ち続けるということです。私は神様に心からの感謝を捧げます。なぜなら神はひとり子イエス・キリストをこの世につかわし、私と全世界の人の罪をその身に負わせたからです。私達のために十字架上で御子の血が流されたことによって神は「それで十分」と宣言されました。高校生の時にイエス・キリストを信じた私は父なる神との関係を持ちながら人生を歩んできました。ヨハネによる福音書3章16節には次のように書かれてあります。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者がひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」

この地上での人生が終わったとしても私の魂は滅びることなく、永遠に生き続けると信じている私にとって死は恐れるものではなく、永遠の命を送る天国へ移される事を意味していました。


ヨハネによる福音書14章1〜6節にはこの世の人生を終えた後に行く、天国に備えられた住まいについて書かれてあります。

『あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。わたしの行く道はあなたがたも知っています。』トマスはイエスに言った。『主よ。どこへいらっしゃるのか、私たちにはわかりません。どうして、その道が私たちにわかりましょう。』イエスは彼に言われた。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。』

イエス・キリストを通して神さまの所へ行けると確信していた私は生きるのもよし死ぬのもよし、どちらでも受け入れる心の準備が出来ていました。医学的には治る見込みがない私に友人の一人は「大丈夫ですよ。治りますよ。」と言い続けてくれました。私もなんとなく自分が死ぬとは思えず心のどこかに希望を持ち続けていたように思います。そして昨日より今日、今日より明日とリハビリで機能を回復していける事に喜びを感じるようになりました。

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